変わらないもの
- 2011/05/21 (Sat)
- 雪燐小説 |
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ホントに燐はかわいくてしかたない。
あんなの近くにいて雪男が正気でいられるはずがない……!
兄弟下剋上の身長差萌えってそんな話。
あんなの近くにいて雪男が正気でいられるはずがない……!
兄弟下剋上の身長差萌えってそんな話。
「あっれー?」
いつものように雪男がパソコンに向かって明日の課題作成に勤しんでいると、部屋の反対側から大声が聞こえてきて、雪男は思わずキーボードを叩く手を止めた。
「っかしーなー」
ちらりと視線をやると、兄が壁際の棚に向かって、えいっ、えいっと掛け声をかけながら手を伸ばしている。
おそらく何かを取りたいのだろうが、どう見ても届く気配はない。
(兄さん、目的を達成するにはどう考えても身長があと五センチは必要だよ)
雪男は心中でそうつっこんでみたが、燐はそんなこと思いもよらないのか、性懲りもなくぴょんぴょんと飛び跳ねている。それと一緒に尻尾の方も元気にふさふさ揺れている。
雪男は黙ったまま、その尻尾の先をじっとみつめた。なぜだろう。なんだかうずうずしてくる。あのふさっふさの尻尾の先が四方八方へばたばたと動くのをみると不思議な胸のたかまりを覚えた。
(いやいやいや)
猫じゃらしを前にしたクロじゃないんだから、と雪男は自分に言い聞かせる。まさか欲望のおもむくまま兄のしっぽにじゃれつくわけにもいかない。そんなことしたら明日から兄にどんなことを言われるかわかったもんじゃない。雪男は日頃の威厳を保つため、そわそわした気分を抑えるように、席をたった。
「――兄さん、いったい何してるの」
燐の後ろまでくると、冷静さを装って燐に尋ねる。くるりと振り返った燐はようやく飛び跳ねるのをやめて、棚の上を指さしながら不満げに唇を尖らした。
「あそこにある漫画を取りたいんだけどさ、どーやっても届かないんだよ」
「届かないなら椅子でも使ってとればいいじゃないか。なんでいつまでたっても飛び跳ねてるの」
「だって、あそこにある本、置くときには椅子なんか使わなかったんだぜ?じゃあ、取るときだっていらねーだろ」
「……兄さん」
「………なんだよ、その顔」
はぁと深いため息をついた雪男に燐は嫌そうな顔をする。この展開だときっといつも通りの苦言を聞かされるのだと燐はわかっているのだろう。わかっているのなら、ちょうどいい。雪男は燐を見下ろしてもう一度溜息混じりに尋ねた。
「兄さんは、ホント、バカなの?」
「ばかっていうなー!!」
予想通りの答えに燐が怒鳴る。
「兄さんを!ばかに!すんな!」
「兄らしい兄ならこんなこと言わないよ……」
呆れたように肩をすくめて、雪男は燐に指を突きつけた。
「だいたい、はじめに椅子がいらなかったのは棚の上に本を放り投げたかして置いたからだろ?そうじゃなかったとしても、取れないなら意地をはらずに椅子をつかえばいいじゃないか」
雪男はまったく、もうと腰に手をやる。燐は雪男の説教じみた話を聞くのがよっぽど気に食わないのか顔を背けたままだ。
「しかたないな」
別に兄の機嫌をそこねたかったわけではないので小言はその程度にしておいて、雪男はひょいと棚の上に手を伸ばすと目的の本を手にして、それを燐に突き出した。
「はい、兄さん」
「……………」
「なに?いらないの?」
差し出された漫画をじっと眺めたまま手を出そうとしない燐を不審に思って雪男は尋ねる。すると、燐の方はぷうっと頬をふくらませ、納得がいかないといったように、雪男をにらみつけた。
「ってか、なんでおまえは手が届くんだよ。ひょいって取っただろ、今、ひょいって!」
「なんでって……身長差のせいだと思うけど」
「双子なのに!なんでおまえのほうが背が高いんだ!!」
そんなこと聞かれたって……と思ったが、燐の勢いに雪男はちょっとたじろいだ。燐の方はその件について並々ならぬ思いがあるのか、きりきりと歯ぎしりをしながら雪男に言い募る。
「そもそも!おまえ昔はこーんなに小さかったじゃねーか!」
燐は自分の腰ぐらいのところに手をやって、このぐらい、と示す。
(いや、その頃は兄さんもそのぐらいだったから)
「泣き虫で、俺の後ろばっか付いてあるいてさぁ、それなのに、いつのまにこんなにでかくなっちまったんだよ!」
確かに幼い頃は身体も弱く、小さかった雪男だった。兄を追い越したのはいつの頃だったか。
(ああ、あのころかな。祓魔塾に行くようになってから)
ただ闇を恐れるだけではなく、生きる目的をみつけたその日から、雪男の身体もそれに合わせて成長してきたのだろう。
「まあ、でもいいじゃない。兄さんだって別に低い方じゃないだろ?」
なんだかなつかしい気分になって、雪男は微笑むと燐の手の上に本をぽんと載せる。
だが、燐はまだ不服そうにしている。雪男が機嫌をとるようにそのまま手のひらをそっと撫ぜると、ようやく燐は顔を上げた。
「んなこと気にしてんじゃねーよ。ただ……ただ、おまえがどんどん変わってくから」
普段は曇りを知らない燐の瞳が、ふと陰る。
「おまえが天才祓魔師って……俺はそんなのしらねーし。優等生ヅラも、そんなの、本当のおまえじゃないし、おまえがそんな風にどんどん俺の知らないおまえになっていくんだとしたら、俺はどうしたらいいんだよ」
「兄さん」
再びうつむいてしまった燐に、それこそ雪男の方こそはどうしたらいいかわからなくて、頭を抱えたくなった。
(ああ、もう。まったく)
――だって、兄さんの方がかわっていくんじゃないか。悪魔なんかになっちゃって、兄さんを守るために、僕がどれだけの犠牲を払ってるのかわかってる?祓魔師になったのだって、講師をやるはめになったのだって、身長伸ばしたのだって、全部、全部兄さんのためだ。
(なんてこと言ったら、兄さんは困った顔するんだろうな)
双子だから、兄弟だから、家族だからという言葉ではごまかせない執着を、さあ、自分はいつこの兄に伝えるべきだろうか。
「兄さん、ほら、顔あげて」
雪男が燐の顎を軽く支えると、燐はしぶしぶといった体で顔を上げた。
「言っておくけど、背が高いからって言ったって、別にそんなに得になることなんてないんだからね。まあ、こういう風に高い所のものが簡単にとれることはあるかもしれないけど?あとは、そうだな……」
雪男はふっと笑って、とんと燐の身体を棚の方に押すとそのまま燐の身体に覆いかぶさった。
燐はなにをされるかわからないといった様子で目をめいっぱい開いて、顔を寄せてくる雪男を見ている。
(だから、そんな無防備な顔しちゃだめだってば)
雪男はそんな燐の唇にそっと口づける。かさついた唇をぺろりと舐め、湿らせてからゆっくりと全体を覆う。
ぴくりと燐の肩が揺れた。それをなだめるように肩を抱いて、二三度角度を変えてキスをしてから雪男は身体を離した。
燐を見下ろすと人形のように固まっている。そのまま雪男がしばらくじっとみつめていると、突然燐の顔がかっと赤くなった。
「おまっ、ゆき、お、おまえ、なんの、つもっ」
「あー、はいはい。落ち着いてね、兄さん」
「……なにすんだよ」
燐は口元を腕で拭いながら、というかその腕で赤くなった顔を半分隠しながらじろりと雪男を見てくる。
「だから、身長が高くて得になるっていうのをやってみただけだってば。上からさ、こうやって覗き込んでキスするのなんて男の醍醐味だろ?」
「そ、そうなのか?」
雪男が訳知り顔で説明すると、途端燐は恥ずかしがっていたことも忘れ、興味深々と言った様子で尋ねてくる。さすが色恋沙汰には目がない花の十五歳である。
(かんたんだなー)
「うん。そうだよ。兄さんもやってみる?」
雪男は片膝をつくと下から燐を見上げて、ん、と唇をつきだす。
「えっ?えっ?お、俺がやるのかよ」
燐は先ほどのキスを思いだしたのか、再びかーっと顔を上気させおたおたしていたが、雪男が目をつぶって燐の方を見上げているのをみて決心したように、よし、と拳を握った。
雪男の上に屈みこむように顔を近づけてくる。それを雪男はうっすら目を開けて観察した。
(かわいいなぁ)
燐は緊張した様子でぎゅっと目をつぶったまま、おそるおそるといったかんじで近づいてくる。
口元がにやけてくるのを必死に我慢しながら、雪男は唇の上に燐のそれが重なるのを待つ。だが。
(あれ?)
いつまで経っても目的の感触が降りてこない。
燐の唇が雪男のそれに届く直前、燐はどうにも恥ずかしさに耐えられなかったのか、うーとうなってから、唇の代わりに雪男の頬へと方向転換をして、そこにちゅっと音を立ててキスをした。
「うん、まあまあ、かな」
顔を離し、燐は照れ隠しで鼻の上をこすりながらにこりと笑う。
(うわあ……)
雪男は居たたまれない気持ちになって、両手で顔を覆った。
(兄さんがすべてだって言っている僕に、こういうことなんでするかなぁ)
これ以上、自分の気持ちをもっていかれたら、どうにかなってしまいそうだ。
「な、なんだよ。あれじゃ、だめだったのか?」
顔を覆ったまま無言の弟に燐はおろおろして、雪男の顔を覗き込む。
「もう、いいよ。兄さんはその漫画でも大人しく読んでろよ」
「ええっ、なんだよ!子供扱いして!」
ぶうぶう文句をたれながらも、本来の目的を思い出したのか、燐はベッドに戻っていくところりと横になって漫画を読み始めた。
雪男はどっと疲れが溜まり、自分の定位置に戻ると、椅子にどかりと身を投げ出した。
(どこが、子供じゃないって?)
弟の気持ち、兄知らず、である。
燐の言動ひとつひとつが雪男にどんな影響を与えているのか、燐は気づく由もない。燐がへまをしたり、不貞腐れたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、それらすべてが雪男の糧となっていく。
きっと、これからもそれだけは変わらないのだろう。
(あ、変わらないものだってあるじゃないか)
兄へのこの想い。
身長が伸びようが、祓魔師になろうが、教師になろうが、そう、たとえ悪魔になったとしても、自分のこの気持ちだけは変わらない。
ちらりと燐を見ると、どうやらあの漫画は感動作だったらしく燐は号泣しながらそれを読んでいる。
それを眺めながら雪男はくすりと小さく笑うと、自分もパソコンの電源を付け直して作業を再開した。
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