LOSTⅠ【雪男悪魔落ちネタ】
- 2011/05/21 (Sat)
- 雪燐小説 |
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2,3年後ぐらいして雪男が悪魔落ちしていたらという完全ねつ造。
本編での雪男悪魔落ちフラグが立ちすぎていて、もういてもたってもいられない、そんなかんじで。
よろしければ下からどうぞ。
本編での雪男悪魔落ちフラグが立ちすぎていて、もういてもたってもいられない、そんなかんじで。
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「兄さん、ようやく来たの」
巨大な、力の象徴とも言える虚無界の王の城。その最上階に向かう途中の広間に深みのある低音が響いた。
燐は長い長い階段を登って、幾多の悪魔たちを倒し、足を止めることなく駆け上がってきたのだった。もう、後はこの城の最上階でサタンを倒す、それだけだった。
だが、それに立ちはだかるように、目的地の手前で燐を迎えた男。
長身に見慣れた祓魔師のコートを纏い、手にした銃をこちらに向けるともなく『彼』は穏やかに微笑んだ。
燐は乱れる息を整えながら、ゆっくりと顔を上げ、自分を兄と呼ぶ『悪魔』にひたりと視線を合わせた。
「……雪男」
生れ落ちたときより共にあり、そのほとんどの時間を共有してきたはずの弟。双子であるはずなのに、驚くほど似ていない弟をそれでも燐はまぎれもない己の半身だとずっと思いつづけてきた。
「久しぶりだね、兄さん」
「ゆ・・・・・・き、お」
懐かしそうに目を眇めた弟に、燐はうめくような声を出した。
燐が弟の姿をみるのは、実に一年ぶりのことであった。
弟はある事件がきっかけで一年前に消息を絶ってから、燐は弟の姿を目にしていなかった。
雪男がいなくなった間、燐はしばらく使い物にならない人形のようになっていたが、世間ではそれよりももっと重大な出来事が起こっていた。
雪男が姿を消したその日を境に世界各地ではまたあの「青い夜」の再来かと思う事件が頻発したのである。
多くの力ある祓魔師たちが殺された。世界が一瞬であの日々を思い出し恐慌に陥った。その恐怖の日々を人々に甦らせたのはどんな化け物だったのだろうか。サタン?それとも「八候王」?いや、それを行ったのはとても善良そうな一人の青年だった。青年の顔をかぶった悪魔だった。
その悪魔があの史上最年少で祓魔師になり天才祓魔師と称された『奥村雪男』だと確認されたのは、比較的早い時期であったと言われている。その悪魔は自分が『奥村雪男』であることを隠そうとはしていなかったし、またその出生と経歴から言っても彼の名と姿を知らない祓魔師はいなかったためである。
騎士団が手塩にかけて育ててきた天才祓魔師の悪魔落ちは人々に衝撃を与えた。人々はやはりあれは悪魔の子だったのだ、否、すぐれた祓魔師だからこそ力の誘惑に負けたのだと散々まくしたてたが、その騒ぎの中で、燐だけはその話を信じていなかった。
雪男が悪魔落ち?馬鹿げている。雪男はとても優秀な祓魔師だ。その力も精神も燐が驚くほど強くて、悪魔落ちをせねばならないわけなどひとつもみあたらない。
何より燐は知っている。雪男の本質。優しくて、よく気が付いて、弱いものがいたら見過ごせないような性質で、誠実で、嘘がつけなくて、怒っても最後にはやはり限りない温かさをくれるのが雪男だった。雪男が祓魔師になった理由でもある誰かを守りたい、という気持ち。それが雪男の本質だった。
だったら、雪男は悪魔なんてならない。なるわけがない。
そう、燐は信じていたのだ。この期に及んで、この虚無界の王、最悪の悪魔と呼ばれるサタンの城の奥深くまでやってきてもなお、この目の前にいる男が、これまでの、なんだかんだと言っては兄を甘やかし、いざと言うときは頼りになる、燐の最愛の弟となにひとつ変わっていないということを違いもなく信じていた。
たとえ、その身体から自分と同じように悪魔の青い炎が立ち上っていたのだとしても。
「雪男、なあ、なんでこんなとこいるの」
燐は治まらない息苦しさに肩で息をしながら、首を傾げて久しぶりに再会した弟に尋ねた。
にこりと笑って雪男は燐に近づいてくる。雪男が笑っている。よく知っているなつかしい笑顔だった。だから、燐の気持ちは緩んだ。
だが、なぜだか一向に息苦しさは収まらなかった。それどころか雪男が近づけばますます腹の底がぐつぐつと煮えるようにたぎり、全身の筋肉が緊張した。身体が、本能が何かの危険を察知しているかのようだった。
「こんなとこ?」
雪男は燐の目の前にくると、燐と視線があうようにわずかに身を屈めて燐と同じよう小首を傾げた。
一年の間にますます差がつけられてしまった身長に燐はむっとして唇を尖らせながら続けた。
「そうだよ。こんなじめじめとしてさぁ、暗くて、飯もまずそうなところ早く用事すませてずらかろうぜ。帰ったらさ、久しぶりにうまいもんでも食わせてやるからさ」
まるで、あの守られた学園生活のままごとの延長が、この後も続いていくのが当然であるというかのように無邪気に振舞う兄に、弟は一瞬目を見開いてそれから口元を抑えて苦笑した。
「兄さん、そう言えば僕がなんでも言うこと聞くんだって思ってるでしょ」
「なんだよ、違うのかよ。今ならおまえの好きなもんなんでも作ってやるよ」
「そう、だね。それは魅力的な提案だけど・・・・・・」
でも、と弟は目を伏せ、いっそ優雅であるかと思わせるようなよどみないしぐさで銃を燐につきつけた。
「用事を、済ませてしまわなければね」
突然、雪男の眼がほの暗く光った。
その視線の奥、どろりとした闇を匂わせる瞳を向けられて、燐はぞくりと肌を粟立たせ瞬間的に後ろへ飛びさって、雪男と距離をおいた。
雪男の全身からゆらりと青い炎が噴出してくる。先ほどのちらちら蠢いていた炎ではなく、はっきりとした殺意をもった炎だ。
燐は手にした降魔剣の柄を握り締めて、信じられないものを見るような目で雪男を見た。
雪男の纏う青の炎は燐のそれとは明らかに違った。燐の炎が明るい青空を思い起こさせる青だとすれば、雪男の炎は、日が落ちた後夜がやってくる直前の濃紺に近い闇空の色だった。
「雪男・・・・・・」
この時になってようやく、燐はこれが燐の知っている雪男ではないのだと、本当にいまさらながら気づいたのだった。
「うそ・・・・・・だよな?あんな噂」
自ら、そのわき上がった疑惑を振り払うように首を振って燐は尋ねる。
「噂?」
「おまえが・・・・・・悪魔になった、だなんて」
「悪魔・・・・・・か」
雪男は銃を燐につきつけたまま、こそりと笑った。
「兄さん、僕のこの姿をみてもまだそんなこと言ってるの。この青の炎はなんだと思ってるの?兄さんと一緒だよ。悪魔の、サタンの炎だ」
「悪魔・・・・・・」
燐は雪男自身から告げられた言葉を理解できないのか、したくないのか、呆然と宙を見据えている。
「信じられないなら、しっぽでもなんでも見せてあげてもいいけど・・・・・・。なに?そんなに驚くこと?別に祓魔師の悪魔落ちなんて珍しいことじゃない。それに兄さんだって悪魔じゃないか。一緒だろ?」
「違う!」
燐は怒鳴った。怒鳴ってからはっとなり、顔を歪めて雪男を見た。
「違う。おまえは俺とは違うだろ?俺はどうしようもなくはじめから悪魔だったけど、おまえは人間だ。祓魔師だ。悪魔から人を守るんだろ?それが、おまえの望みなんだろ?なのに、なんで・・・・・・」
最後の方はもう泣き声に近くて、燐は溢れ出しそうになるすべてのものをぐっと抑え込んだ。
「・・・・・・兄さんは何もわかっていない」
どうしようもないという風な諦念を帯びた深いため息をついて雪男は首を横に振った。そこには燐に対する皮肉といったものは含まれていなかった。ただそれは人生に疲れきった老人が最後に導きだした答えを吐き出したようなつぶやきだった。
「何もわかってないよ。それに、これからだって、ずっとわからないんだろうな。別にわからなくたっていい。僕はこの結果に満足している。僕の望み通りになっている。悪魔になるのは僕の望んだことだったんだ」
「――違う!」
燐が雪男の言葉をさえぎるように叫んだ。今度は明確な意思を持って、雪男を否定した。ぎらぎらとした目で雪男を睨みつける。
「違う。おまえの望みはそんなことじゃねーよ。俺は知ってる。おまえがどんな奴かってぐらい。わからないなんて言うな。俺は、おまえの・・・・・・」
「何を、知っているって?」
雪男に逆に睨まれ返され、燐はぐっと黙ったが自分を叱咤するように拳を握り締めてから雪男を見た。
「知ってるよ。知ってる。ずっと一緒だったんだ。生まれてからずっと。おまえの好きなものも、何が苦手でどんなものに弱いのかも知ってる。おまえがどんな時に怒って、どんな時に笑うのか。どんなときに・・・・・・泣くのか。全部、俺は全部知っているんだ」
その青い、燐そのものと言ってもいい炎の揺らめきを瞳に宿し、誇らしげにそう言い切った燐に雪男は一瞬怯んだように足を引いた。
燐の宿す炎を見て、雪男は何を感じたのか。
幼い頃から、それこそ母の胎内にいた時から触れていたその青い炎は雪男にとって母であり父であり自分を育んだ光そのものであり、その温もりを一番知っているのは雪男だった。兄を一番理解しているのは自分だと、誰にも譲ることのできない主張は、今まさしく燐がしているものと同じものだ。
「なら、兄さん」
雪男は何かなつかしいものを見るように、眼を細め、息を吐き出し改めて銃を突きつけた。
「こうやって僕が兄さんに銃を向けることも理解してくれ」
雪男は迷いを振り切ったような瞳で燐を見据えた。
それは奇しくもあの日、燐が初めて雪男が祓魔師であることを知り、銃を突きつけられた時と同じ瞳だった。
「兄さん、死んでくれ」
雪男の銃から一発、弾が発射された。
「雪男―!!」
それは絶叫だった。真実、雪男は燐を殺そうと銃を向けている。その真実に対する燐の絶望のこもった叫びだった。
***
どうしてこうなった。
つづいていきます。
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