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sophora

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君の隣でそっと4

長編の続きです。
遅くなってすみませんー!!
なんとか定期更新していきたいんですが・・・。

返信不要でメッセいただいた方、ありがとうございます。
もたもたしているシリーズですが、がんばっていきます。
よろしくお願いします。

つづきから、どうぞ。





 午後九時十分前。雪男はリビングの壁にかかった時計を何度も確認し、深くため息をつくと決心をしたように携帯電話を取り上げた。
 震える指先で、夕方に貰ったメモのアドレスを打ち込む。そして、夕食をとっている間中考えていた内容を書き込んで、五度ほど繰り返し見直してようやく送信を押した。
「はぁ……まったく、僕はなにやってるんだ」
 一気に緊張感が抜けて、ソファへと身をあずける。手にした携帯をちらりと見て、そして視線を戻すと天井を仰ぎ、再び深いため息をついた。
 夕方、燐と別れてからずっとため息の連続だ。燐の笑顔や会話を思い出して浮ついた気持ちになったり、また会えるのだろうかと心配になったり、この貰ったアドレスをどうしたらいいんだろうと悩んだり。
 あれからマンションにたどり着き、すぐにメールを送ろうとも思ったが、それではあまりにも必死すぎるような感じがして、この時間まで送るのを我慢した。送る内容も今日のお礼に加えて、次回のお誘いも送っていいものかと散々悩んだ末、結局『また機会があれば』という無難な一文を添えただけになってしまった。
(もう少し、何か気が利いた内容でも付け加えるべきだったかな……)
 これまでの人生、誰かにメールをするのにこれほど悩んだことは初めてだった。
 学生時代から望むと望まないとに関わらず、女性からのアプローチには事欠かない雪男だったので、自分から何かアクションを起こす必要などまるでなかったのだ。
 だから、こういう場合どうしていいのか皆目検討もつかない。
(中学生じゃないんだから、メールひとつでこんなに悩むなんて、情けない)
 学生時代にもっと勉強しておくべきだったと雪男は反省して、額に手を当てた。
 と、その時、手にしていた携帯が震えた。
 雪男はびくりとした後、飛びつくように携帯を見た。
 メールの受信ボックスをおそるおそる開く。すると、先ほど送ったアドレスから返信があった。
『こんばんは。今日はおいしいハーブティごちそうさま。なんか時間とらしちまってごめんな?雪男先生忙しいと思うけど、またつきあってくれたら嬉しい。今度は俺がおごるよ』
 気取りのない、けれど感謝の気持ちが十分に伝わってくる、燐らしいメールだった。その内容をみて、思わず笑みが漏れる。
 それに、燐のメールの内容が次の予定を前提にしたものであることが雪男を勇気づけた。
 雪男はすぐさま返信のメールを打った。
『いいえ、喜んでもらえたなら嬉しいです。今度はもう少しゆっくりお話したいのでお食事でもどうですか。僕は基本的に土日が休みなので、都合のいい時間をいっていただけたら合わせます』
 送信ボタンを押して、じっと返信が返ってくるのを待つ。一分、二分。十分立ってもなかなか返ってこない。ちょっと強引な誘いすぎたか、と雪男の顔が青くなってきたところで、携帯が鳴った。
『ごめん。日本語打ちなれてないから時間かかっちまって。食事の話だけど、もしよければ今週の日曜なんかどうかな。昼間言ってたそばのうまい店がいいな。雪男のおすすめな十割そばっての食べてみたい』
『いいですね。ぜひ、いきましょう。混むので少し早めに待ち合わせしましょうか。日曜の十一時半に駅前はどうですか?』
『オッケー。駅までは迎えにきてくれんのかな。楽しみに待ってる。じゃあ、日曜日な。おやすみ』
『僕も楽しみにしてます。おやすみなさい』
 一通りのメールのやり取りをして、雪男は携帯を閉じた。
 ふーっとため息をつき、皮張りのソファへ火照った顔を押し付ける。両手でぱんと顔を叩いた。多分鏡をみたら自分はずいぶんとにやついているのだろう。
 燐とまた会えるのだ。それも週末。あと数日だ。
 きっとこの数日間は仕事もまともに手につかないのだろうなと思い、雪男はどうしようもない自分に呆れてしまう。
 どうしてこんな気分になってるんだろう。
 職業柄、人と会うことも多いし、これまでもいろんな人と話しをしてきた。その中で有意義な時間を過ごしたり、楽しいなと思える人ともいっぱい出会ってきた。
 でも、ここまで再会を待ち望み、会話をして心が浮き立ち、会えないときに何度も相手のことを反芻するなんてことは初めてのことだ。
 今日も、話していると時間があっという間に過ぎてしまった。大した内容ではなかったと思う。雑談のようなものだ。それでも、雪男の話に目を輝かせながら耳を傾け、自分のことを楽しそうに語る燐の姿に雪男は夢中になっていた。
(のぼせてるって言っていいんだろうな・・・・・・こういうの)
 多分、自分が燐に対して感じているような感情を燐も雪男に対して持ってくれているのだと思う。いや、持ってくれていないのだとしたら、自分はひどくショックを受けるだろう。できることならば、燐にも自分と同じような気持ちでいてほしい。
 雪男はもっと、燐のことを知りたいと思っている。
燐と別れて冷静になってみて初めて気づいたのだが、雪男は燐について名前と誕生日以外ほとんど何も知らない。どこの生まれなのか、どこで育ったのか、どんな仕事をしているのか、何が好きなのか。そんなことも一切知らないのだ。
 たった三回しか会っていない状態で個人的なことを聞くのがためらわれた、というのもある。けれど、そういう遠慮も多分燐を前にしたらこれから耐えられなくなるのだろうなという気がした。
(燐、君のことをもっと知ってもいいかな)
 燐はなんと答えるだろうか。雪男に対して燐自身をさらけ出してくれるだろうか。
 考えれば考えるほど、燐にのめりこんでいっている自分がいるのを自覚する。
(燐・・・・・・会いたい)
 雪男は携帯のメールを開いて、先ほどのやり取りを読み返しながら、週末の再会に思いを馳せた。
 


10




「ううっ、冷えんなぁ」
 ずびっと鼻をすすってから、燐はマフラーの中に顔をうずめた。
 二月末になって、日差しはずいぶん暖かくなってきたが、まだまだ寒い。駅前のロータリーには先ほどからぴゅうぴゅう風が吹きすさんでいる。
 しまった、いつものコート着てくるべきだったかなと燐は自分の姿を見下ろして後悔する。
 燐は常日頃黒いロングコートを着ている。任務に出る時は他の祓魔師たち同様黒い團服を身につけるので、普段着でも慣れている黒のコートにしているのだ。
 だが、今日はそのコートではなく濃いチャコールグレイのジャケットと細身のデニムを選んだ。仕立てのよいイタリアメーカーのそれは燐のお気に入りだ。それを無意識に選んだ時点で、今日という日をどれほど自分が楽しみにしていたかが、まるわかりだった。
 週の初めに偶然雪男と会ってお茶をした。出会ってまだ三回目だったが、長年来の友人のように盛り上がって、何時間も話しつづけてしまった。
 育ちの環境もあって、燐には気兼ねもない友人がいない。人当たりがよさそうといわれるけれど、実は慣れない人間と話すことは苦手だったし、緊張するのだ。
 けれど、雪男と会っている時はすごくリラックスして話すことができた。
 まったく緊張しないわけではないが、それも決して嫌な緊張感ではない。わくわくした、まるでジェットコースターに乗る前の子供のような気持ちで、落ち着いていられない。それがひどく楽しく、もっと話したいと思わせるから、あんなに時間がたってしまった。
 これもすべては雪男の人柄によるのだろう。気遣いをしながらも、相手に負担を感じさせない。話題も豊富で会話がとぎれることがない。それを穏やかな柔らかい声音で話すから、燐が思わず聞き入ってしまうほどだった。
(早く、こねぇかなぁ)
 早くあの声が聞きたくて、今日は待ちきれず結局三十分前に駅についてしまい、ずっと待ち合わせの場所に立ち尽くしている。
 三十分もあるのだから、駅の構内で待つとか、近くのカフェに入るとかすればいいとも思うのだが、もし雪男が早めにきたらと思うとそこから移動できなかったのだ。
「ばかみてぇ・・・・・・俺」
 くしゅん、とひとつくしゃみをして手を擦っていると、遠くから燐に向かって駆け寄ってくる長身の男の姿が見えた。
「燐!」
「雪男」
 雪男だ、と確認すると燐は相手が近寄ってくるにもかかわらず、自分も走り出した。
 大した距離でもなかったので、すぐに相手のところへとたどり着く。
 お互い息を切らして、赤くなった顔をみて微笑んだ。
「ごめん、待たせたかな」
「全然、平気。つーか、約束の時間よりもすっげー早いじゃん」
 燐が腕時計を示すと、時計の針はまだ十五分を指す手前だった。
 雪男は燐の時計を覗き込むと、少し照れたように笑った。
「うん、まあ、待たせちゃ悪いと思ってちょっと早めにと思ったんだけど。燐が来てるのが見えてびっくりしちゃって」
「お、俺は」
 実は前の日からよく眠れないぐらいわくわくしていて、朝も待ちきれなくて三十分前にはここに到着していて、準備万端で待っていたんです。
 なんてことは恥ずかしくてとてもいえないので、燐はごまかすように胸を張った。
「普段から遅刻すんのやだから早めに行動すんの。だから、いつものことだって」
 本当は遅刻の常習犯なのは、内緒にしておこうと胸の中で思う。
「そっか。でも早くきてよかった。こんな寒い中で待たせたら悪いし。じゃあ、行こうか」
 雪男はほっとしたように言って、燐の背中を軽く押す。燐は雪男からの接触に一瞬胸を高鳴らせる。
 ちらりと雪男の方をみると、雪男は気にせず燐を誘導している。俺の考えすぎか、と燐は自意識過剰な自分を恥ずかしく思いながら、歩き出す。
 駅前の駐車場に止めてある雪男のシルバーグレイの車に乗りこみ、燐はマフラーを取ると雪男に聞いた。
「今日、本当に時間よかったのか?忙しいんじゃねぇの?」
 週の初め、メールアドレスを交換してから、雪男は毎晩だいたい決まった時間にメールを送ってきてくれていた。
 『寒いですね』とか、簡単な内容だ。でも、毎日燐はそれを心待ちにして、就寝前の楽しみだった。
 そのメールのやり取りの中で燐は雪男が日頃かなり忙しい生活を送っていることに気づいたのだ。
「大丈夫。今日もちゃんとお休みだよ」
 にこりと雪男は笑うが、燐は心配になって尋ねた。
「でも、休みなら休みで家で休んだ方がいいんじゃねーか?」
「心配してくれてありがとう。むしろ、こうやって人と会う方が気分転換になるし。燐とも会いたかったから」
「そ、そっか。ならいーけど」
 会いたかった、と言う部分だけが強調して聞えてしまって燐はどぎまぎして雪男の横顔を見つめていた顔を正面へと向けた。
「それよりも、燐の方は大丈夫だった?」
「ん、大丈夫、大丈夫。俺、暇だし」
「そういえば、燐は仕事何してるの?この間も平日だったよね」
「あー、俺は」
 燐は一瞬口ごもった。燐の職業は祓魔師だ。一般人に気軽に公言するような仕事ではない。
(どうしよう)
 燐が自分のことを伝えるのを悩んでいるのは雪男が一般人だからというわけではなかった。
雪男が医者だけではなく正十字騎士團の祓魔師であるということは、獅郎から教えられて知っている。それだけじゃなく、雪男のことについて燐は数多くのことを知っていた。本当はこんな形で出会う、ずっと前から。
(雪男、俺、どうしたらいい)
 祓魔師であることも、四大騎士であることも、ここで隠していたって隠し通せるものでもない。雪男は助っ人という形であれ、正式な正十字騎士團の祓魔師で、どこかの任務ではちあわせる可能性だって十分にある。運良く回避できてもどこからか聞きおよぶことだってあるだろう。
 なら、今言えばいいじゃないかと思うのに、燐の口は固く閉ざされたままだ。
(だって、俺、まだこうやって雪男と話していたい)
 正十字騎士團、祓魔師、そういったしがらみのないただの奥村燐として、雪男と出会って話しをしてみたかった。
四大騎士の奥村燐として出会っていたら、きっとこんな風には向き合えていなかっただろう。
(もう少し、あと少しだけでも)
「燐?」
 燐の沈黙に雪男が訝しげに視線を送ってくる。燐はそれに笑顔を作って応えた。
「あー、仕事、な。俺、平日でも結構自由がきくんだ。逆に休日でも突発的に仕事はいることもあるし」
 嘘はついていない、と燐は良心の呵責を覚えながらも肩をすくめてみせた。
「へぇ。営業か何か?休日出勤は大変だよね。僕も急患があれば呼ばれるからよくわかる」
 雪男が都合よく解釈してくれたので、燐は笑顔を崩さないまま雪男の話にうなずいた。
 車は大通りをぬけ、高速に入った。都心から少し離れた場所にある店を燐が選んだのは少しでも雪男と長く一緒にいられるようにと思ったからだった。
(少しでも長く、少しでも遠くへ)
 燐の思いをのせて、雪男の車はどこまでも走っていく。それが永遠に続くことを願いながら、燐はゆっくりと瞼を閉じた。




11



(燐と出会って、今日で三ヶ月・・・・・・)
 その間でどのぐらい会っただろう。明らかに両手両足の数では足りない。
雪男は、リビングのソファに寝転がりながら、手帳のカレンダーにつけられた印をみた。なんだかんだといって週に二回程度のペースで会っている。
 メールも一日に一回、夜寝る前に送る習慣は変わっていない。
 こんなに自分はマメな人間だったのか、と感心するほどだった。
(なんなんだろう・・・・・・この関係)
 親しい友人とでも、こんなに頻繁に会うものだろうか。
 仲の良い大学時代の友人たちとは数ヶ月に一回会えばいい方だ。忙しいからというのが理由だが、わざわざ時間を作ってまで会おうという気が起きないというのが本音かもしれない。
 燐の場合は逆だった。会えない時間はひどく物足りない。会ってしまえばその時間ができるだけ長く続けばいいと思う。足りない、足りないと求めるがまま、燐も拒絶を一切しないので、平日の仕事終わりでも時間を無理やり作って会ってしまう。
(どこかの依存症患者みたいだな)
 自分が普通でないのは自覚している。いつも頭のどこかで燐のことを考えている。会ったその日は必ず次の予定を入れる。そうすることで、何とか次会う時までの物足りなさを我慢する。
(僕は彼とどうなりたいんだろう)
 このまま、こうやってマメに会って。彼に信頼されて、親友と呼ばれるような関係になりたいんだろうか。
 確かに、彼に頼られて何でも打ち明けてもらえればいいのに、とは思う。ただ単に、どこかに食事に行ったり遊びにいって楽しむだけではなくて。
 そうだ、と雪男は思う。自分はもっと燐のことが知りたいのだ。
 たった三ヶ月、しかしこれだけの回数会えばもう十分に親しい間柄といってもいいだろう。
 けれど、思った以上に雪男は燐のことを知らない。
 なぜか、燐にはプライベートなことをあまりつっこんで聞いてはいけないような気がしていたのだ。
 どんな食べ物が好みなのかとか、何をするのが楽しいのかとか、どんなものが苦手なのか。そんなことは一緒にいれば大体わかってくる。
 けれど、日本に来るまでの燐のことについてはまったく聞いていない。
 初めの頃に一度、仕事のことについて尋ねたことがあったが、燐はあまり知られたくなさそうだった。
 知られたくないのならば、それでもいい。燐が教えたくなった時に聞けばいいことだ。
 そう思ってはいるのだが。
(だめだな、僕は)
 それじゃあ足りない、と感じている。
 もっとちゃんと燐のことが知りたい。どんな風に育って、そこでどんなことを感じ、どんな風に思って生きてきたのか。今の燐を作り上げたすべてを知りたいと思っている。
(いつになったら、僕にそれを許してくれる?)
 燐が自ら雪男に伝えてくれる日まで、もちろん待つつもりでいたが、それにはどれほどの忍耐力がいるのだろうと考えると雪男は気が遠くなった。
(燐・・・・・・)
 雪男はテーブルの上に置かれた携帯を見る。手を伸ばそうとして、ぐっと拳を握った。
今日はまだメールをする時間になっていない。メールは夜九時にすると決めている。燐にメールをするようになってから、ずっとだ。なぜならば、そうした決まりごとを作らなければ際限がなくなりそうだったからだ。
際限がなくなった自分がどこまでも求めてしまいそうで不安だった。未知の扉を開けてしまう。開けさせてしまうような何かが燐にはある。
「・・・・・・・・・」
 雪男は大きくため息をついて、ソファから立ち上がった。
 頭を冷やした方がいいのかもしれない。冷たいシャワーでも浴びれば少しはまともになるだろう。
 そう思って、浴室に向かおうとしている時に、テーブルの上に置いたままになっていた携帯のバイブ音が響いた。
 びくりとして携帯を取り上げる。開くと、そこには燐の名前があった。雪男は驚いて、慌てて携帯を握り直す。
 雪男がこまめにメールをするためか、この時間に燐の方からメールをしてくることはめったにない。日本語入力が苦手な燐は特別な用事がない限りはあまりメールをしないのだ。
 なんだろう、急用かなと思い、雪男はメールを開く。
『ごめん、いきなりメールして。忙しい?』
 短いメールだった。これでは用件がわからない。
 雪男はメールを返そうとしたが、電話の方が早いと思い、燐の番号を打ち込むと発信ボタンを押した。
『はい、奥村です』
「あ、燐?メールどうしたの?何か用事でもあった?」
 心配げに雪男が尋ねると、携帯の向こうから普段と変わらない燐の明るい声が響いてくる。
『あ、雪男。わりぃ。電話くれたんだ。別にメールでもよかったのに』
「だって、燐からこの時間にメールするなんて珍しいだろ?何かあったのかと思って」
『なんでもねーって。ただ、その、雪男からのメール待ってたんだけどさ。なかなかメールの時間にならないからさ。ちょっと、待ちきれなくなってメールしちまったの。心配かけたんなら、ごめんな』
 燐が申し訳なさそうな声で謝る。雪男は何かがあったわけじゃないんだとほっとして応えた。
「なら、いいんだけど・・・・・・。何?待ちきれなかったの?」
『うっ・・・・・・。べ、別にめちゃめちゃ待ってたってわけじゃねーよ?ただ何にもやることなくて、雪男からのメールまだかなぁ、まだだなぁ、いいや、俺がしちゃえってなっただけ』
「それって、待ってたって言うと思うんだけど」
『違うって!待ってたんじゃねーよ!』
 携帯の向こうで燐が叫ぶ。けれど、その声から燐が照れて言っているのだとわかって、雪男は苦笑しつつも胸がじわりと温かくなっていくのを感じていた。
(なんか、あったかい)
 満たされていく、と雪男は高揚する身体で思う。先ほど一人で感じていた物足りなさがなくなっていく。燐と話しているといつもそうだ。燐は雪男をいつも満たしてくれる。
「ねえ、燐。今から会おうか」
『え、もう遅いのに、これから?もうすぐ九時だろ?お前、明日仕事あるんじゃねーの』
「でも、燐、待ちきれなかったんでしょ?」
 きっと、燐も携帯を前にしながら自分と同じような気持ちでいたのだと雪男は思った。
 会いたい、と思っていたはずだ。でなければ、このタイミングでメールをしてくるはずがない。
『だから、ちげぇって!』
 燐はもう一度怒鳴る。だが、直後、一瞬の間を開けて少し躊躇したように続ける。
『でも、お前が会おうっていうんなら・・・・・・会っても、いいよ?』
 素直に会おうといってくれればいいのに、と雪男は笑みをもらしながら、うん、会おうと続けた。
 最近になって、雪男はこういう時の燐はなかなか素直になれないのだということに気づくようになった。そして、その対応方法を学びつつある。
「正十字公園前で、十五分後はどう?」
 燐の今住んでいるマンションから一番近い公園だ。雪男のマンションからは車で十分ほど。近頃二人が待ち合わせをする時によく使う場所だった。
『オッケー、わかった』
 燐から了解をとりつけて、電話を切る。
 雪男はその携帯を握り締め、思わず漏れてくる笑みを噛み締めると、急いで玄関に向かって駆け出した。



12




 約束どおり十五分して公園にたどり着くと、雪男は入口近くに車を横付けし、車から降りた。
 いつもなら入口付近に所在無さげに立っているはずの燐がまだいない。
 早く着きすぎたかなと腕時計を確認するが、この公園は燐の家から徒歩五分だ。よほど準備に手間取っていない限り、たどり着いていてもいい頃合だった。
 燐のことだから、暇つぶしに公園内をぶらついているのだろうか。
そう思って、雪男は公園内に足を踏み入れる。
 それほど大きくない公園だったが、樹木や遊具などが死角をつくり、すべてを見渡すことはできない。
 公園内は人気もなく静かだった。これが都心の公園であったら、カップルがところどころにいてもおかしくないのだろうが、この公園は住宅地に囲まれたどちらかというと子供達のための公園だ。昼間ならば子供達が駆け回ってにぎやかなのだろうが、夜はまったくといっていいほど人がいない。
 こんなところに一人でいたら危ないな、と思って燐を早くみつけだそうと雪男は急いで辺りを見回した。
 幸い、雪男の杞憂はすぐに解消された。公園の端にさびしげに置かれたブランコに人影をみつける。雪男は駆け寄って声をかけた。
「燐」
 考え事をしていたのか、無意識にこちらをむいた燐の顔はどこかぼんやりとしている。
 街頭に照らされた燐の青い瞳がきらりと光って、雪男は思わず吸い寄せられた。
 青い、とても綺麗な宝石のような青い瞳だった。
 一歩、燐に近づき、小さく吐息を漏らす。なぜか、息苦しくなって、雪男は眉を寄せてもう一度燐と呼んだ。
「あ、雪男?」
 雪男に呼ばれて正気にかえった燐が、ぱっと顔に笑みを浮かべる。いつもの燐の笑顔だ。
 雪男はどこかほっとしたような、残念なような複雑な気持ちになりながら、唇を横に引いた。
「どうしたの、こんなところで」
 言外にいつもは入口で待っているのに、というニュアンスを含めていうと、燐はごめんごめんと両手を顔の前で合わせてから空を仰いだ。
「いやさ、今日はすっげー月が綺麗だから。雪男待ってる間に思わずふらふらしちまったの。一番月が綺麗にみえるとこってどこかなぁって」
 そういうと燐は宝物を見せる前の子供のような顔になって、こっちこいよと隣のブランコを指した。
 雪男は言われるがままブランコに座って空を見上げる。すると視線の先には美しい満月が真正面に見えた。
「な?きれいじゃね?」
 燐がうれしそうに笑う。雪男は黙ったままその表情をまじまじと見た。
「な、なんだよ・・・・・・だめ?きれいじゃない?」
 雪男が黙ったままなことに不安を覚えたのか、燐の表情が曇る。雪男はあわてて否定した。
「ううん。綺麗だね。すっごく、綺麗だ」
「だろー。うん、すっげー、綺麗。よかった。雪男にもみせたかったんだ」
 燐は再び笑顔に戻って視線を空に移すと、うっとりと月を見た。
 雪男はそんな燐の表情をみつめながら思った。
(燐の方が、ずっと綺麗だ)
 きらきらと、目を輝かせてはしゃぐ燐の方が、この満月の何倍も雪男の目を釘付けにする。
 美しいものを見たときに強烈に惹き付けられるのと同じ気持ちで、雪男は燐に惹き付けられている。それはもう、切なくなるほど。
(ああ、そうか)
 雪男は燐をみつめながら、自分のこの三ヶ月間燐に感じていた気持ちが何かをようやく自覚した。
(僕は燐のことが好きなんだ)
 ただの好意とか友情とか、そんな生半可なものじゃなく。それは多分恋愛感情といっていいほどの気持ちで。
「燐」
「何?」
 名前を呼ぶと燐が振り向く。それ以上何もいわない雪男に笑いながら首を傾げる。
 笑いかけてくれる。それがこんなにも嬉しくて、心沸き立つのは、きっと自分が燐に恋をしているからだ。
「なんだよ、だまっちゃって」
 おかしな奴、と肩をすくめると、燐はお返しというように雪男をじっと眺めてくる。
 雪男の心臓がぎゅっと締め付けられた。
 いきなり、そんなことをするのは止めて欲しい。燐は遊びのつもりなのだろうが、こっちは先ほど自分の恋心を自覚したばかりなのだ。
 我慢できずに、雪男は視線を逸らした。
「はい、雪男の負けー」
 にゃはははっと燐は声を上げて笑う。雪男は赤くなった頬を隠すように眼鏡を押し上げて燐を睨みつけた。
「だって、燐が子供みたいなことするから」
「こっち見てきたのは雪男の方だろー。俺のせいじゃねーよ」
「だけど」
「なに言ってもだーめ。雪男が負けたんだから、今日のお茶代おまえのおごりな?」
「それは別にいいけどさ・・・・・・」
 雪男は渋い顔をしてもう一度眼鏡を押し上げる。にやけてしまいそうになるのを抑えるためだった。
(だめだ・・・・・・自覚したら、こんなこと言われてもかわいく思えてしょうがない)
 今までも、燐の言動に無自覚に動揺していたのだが、わかってしまえばもう際限なく燐のことしか考えられなくなってしまいそうだった。
「よっしゃ!そういうことなら、さっさと行こうぜ!」
「なに?どこかのカフェにでも行く?」
 燐が元気よく立ち上がったので、雪男もつられて立ち上がる。
「んー。それもいいけど、せっかく夜空きれいなんだからさ、ドライブしようぜ!」
「ドライブ?いいけど・・・・・・。どこまで行くの?」
「そうだな・・・・・・」
 燐はくるりと振り向いて、腕をまっすぐ伸ばすと月に向かって人差し指をつきつけた。
「あの月まで!」
 満月の輝きにも負けない満面の笑顔で言う燐に、雪男はため息をつく。
「月って、ねぇ」
「んだよー、いいじゃん。月、きれいなんだから」
「いいけど、月になんてたどり着けないよ。あそこまで行こうと思ったら永遠にドライブしつづけなきゃならないよ?いいの?」
「いいぜ!雪男とだったらどこまでだって」
 そう言ってウィンクをした燐に雪男は絶句する。
 そして、今日一番の深いため息をついて、両手で顔を覆った。
(そういうの、殺し文句っていうんだよ)
 どこまでも無邪気なくせに、こうやって人を惹きつけることをするのだからたちが悪い。
「おまえは行きたくねぇの?」
 顔を覗きこまれて、雪男は苦笑しながら答えた。
「いいよ、行こう。燐がいやだっていうまで、どこまでもつきあうよ」
(本当は、嫌だと言われようがどこまでも一緒にいたいんだけどね)
 それはまだ言うときではないのだろうと雪男は心の奥底に蓋をして、とりあえずは今燐といられることを楽しもうと燐の背中を押し月へのドライブへと誘った。





10




「ううっ、冷えんなぁ」
 ずびっと鼻をすすってから、燐はマフラーの中に顔をうずめた。
 二月末になって、日差しはずいぶん暖かくなってきたが、まだまだ寒い。駅前のロータリーには先ほどからぴゅうぴゅう風が吹きすさんでいる。
 しまった、いつものコート着てくるべきだったかなと燐は自分の姿を見下ろして後悔する。
 燐は常日頃黒いロングコートを着ている。任務に出る時は他の祓魔師たち同様黒い團服を身につけるので、普段着でも慣れている黒のコートにしているのだ。
 だが、今日はそのコートではなく濃いチャコールグレイのジャケットと細身のデニムを選んだ。仕立てのよいイタリアメーカーのそれは燐のお気に入りだ。それを無意識に選んだ時点で、今日という日をどれほど自分が楽しみにしていたかが、まるわかりだった。
 週の初めに偶然雪男と会ってお茶をした。出会ってまだ三回目だったが、長年来の友人のように盛り上がって、何時間も話しつづけてしまった。
 育ちの環境もあって、燐には気兼ねもない友人がいない。人当たりがよさそうといわれるけれど、実は慣れない人間と話すことは苦手だったし、緊張するのだ。
 けれど、雪男と会っている時はすごくリラックスして話すことができた。
 まったく緊張しないわけではないが、それも決して嫌な緊張感ではない。わくわくした、まるでジェットコースターに乗る前の子供のような気持ちで、落ち着いていられない。それがひどく楽しく、もっと話したいと思わせるから、あんなに時間がたってしまった。
 これもすべては雪男の人柄によるのだろう。気遣いをしながらも、相手に負担を感じさせない。話題も豊富で会話がとぎれることがない。それを穏やかな柔らかい声音で話すから、燐が思わず聞き入ってしまうほどだった。
(早く、こねぇかなぁ)
 早くあの声が聞きたくて、今日は待ちきれず結局三十分前に駅についてしまい、ずっと待ち合わせの場所に立ち尽くしている。
 三十分もあるのだから、駅の構内で待つとか、近くのカフェに入るとかすればいいとも思うのだが、もし雪男が早めにきたらと思うとそこから移動できなかったのだ。
「ばかみてぇ・・・・・・俺」
 くしゅん、とひとつくしゃみをして手を擦っていると、遠くから燐に向かって駆け寄ってくる長身の男の姿が見えた。
「燐!」
「雪男」
 雪男だ、と確認すると燐は相手が近寄ってくるにもかかわらず、自分も走り出した。
 大した距離でもなかったので、すぐに相手のところへとたどり着く。
 お互い息を切らして、赤くなった顔をみて微笑んだ。
「ごめん、待たせたかな」
「全然、平気。つーか、約束の時間よりもすっげー早いじゃん」
 燐が腕時計を示すと、時計の針はまだ十五分を指す手前だった。
 雪男は燐の時計を覗き込むと、少し照れたように笑った。
「うん、まあ、待たせちゃ悪いと思ってちょっと早めにと思ったんだけど。燐が来てるのが見えてびっくりしちゃって」
「お、俺は」
 実は前の日からよく眠れないぐらいわくわくしていて、朝も待ちきれなくて三十分前にはここに到着していて、準備万端で待っていたんです。
 なんてことは恥ずかしくてとてもいえないので、燐はごまかすように胸を張った。
「普段から遅刻すんのやだから早めに行動すんの。だから、いつものことだって」
 本当は遅刻の常習犯なのは、内緒にしておこうと胸の中で思う。
「そっか。でも早くきてよかった。こんな寒い中で待たせたら悪いし。じゃあ、行こうか」
 雪男はほっとしたように言って、燐の背中を軽く押す。燐は雪男からの接触に一瞬胸を高鳴らせる。
 ちらりと雪男の方をみると、雪男は気にせず燐を誘導している。俺の考えすぎか、と燐は自意識過剰な自分を恥ずかしく思いながら、歩き出す。
 駅前の駐車場に止めてある雪男のシルバーグレイの車に乗りこみ、燐はマフラーを取ると雪男に聞いた。
「今日、本当に時間よかったのか?忙しいんじゃねぇの?」
 週の初め、メールアドレスを交換してから、雪男は毎晩だいたい決まった時間にメールを送ってきてくれていた。
 『寒いですね』とか、簡単な内容だ。でも、毎日燐はそれを心待ちにして、就寝前の楽しみだった。
 そのメールのやり取りの中で燐は雪男が日頃かなり忙しい生活を送っていることに気づいたのだ。
「大丈夫。今日もちゃんとお休みだよ」
 にこりと雪男は笑うが、燐は心配になって尋ねた。
「でも、休みなら休みで家で休んだ方がいいんじゃねーか?」
「心配してくれてありがとう。むしろ、こうやって人と会う方が気分転換になるし。燐とも会いたかったから」
「そ、そっか。ならいーけど」
 会いたかった、と言う部分だけが強調して聞えてしまって燐はどぎまぎして雪男の横顔を見つめていた顔を正面へと向けた。
「それよりも、燐の方は大丈夫だった?」
「ん、大丈夫、大丈夫。俺、暇だし」
「そういえば、燐は仕事何してるの?この間も平日だったよね」
「あー、俺は」
 燐は一瞬口ごもった。燐の職業は祓魔師だ。一般人に気軽に公言するような仕事ではない。
(どうしよう)
 燐が自分のことを伝えるのを悩んでいるのは雪男が一般人だからというわけではなかった。
雪男が医者だけではなく正十字騎士團の祓魔師であるということは、獅郎から教えられて知っている。それだけじゃなく、雪男のことについて燐は数多くのことを知っていた。本当はこんな形で出会う、ずっと前から。
(雪男、俺、どうしたらいい)
 祓魔師であることも、四大騎士であることも、ここで隠していたって隠し通せるものでもない。雪男は助っ人という形であれ、正式な正十字騎士團の祓魔師で、どこかの任務ではちあわせる可能性だって十分にある。運良く回避できてもどこからか聞きおよぶことだってあるだろう。
 なら、今言えばいいじゃないかと思うのに、燐の口は固く閉ざされたままだ。
(だって、俺、まだこうやって雪男と話していたい)
 正十字騎士團、祓魔師、そういったしがらみのないただの奥村燐として、雪男と出会って話しをしてみたかった。
四大騎士の奥村燐として出会っていたら、きっとこんな風には向き合えていなかっただろう。
(もう少し、あと少しだけでも)
「燐?」
 燐の沈黙に雪男が訝しげに視線を送ってくる。燐はそれに笑顔を作って応えた。
「あー、仕事、な。俺、平日でも結構自由がきくんだ。逆に休日でも突発的に仕事はいることもあるし」
 嘘はついていない、と燐は良心の呵責を覚えながらも肩をすくめてみせた。
「へぇ。営業か何か?休日出勤は大変だよね。僕も急患があれば呼ばれるからよくわかる」
 雪男が都合よく解釈してくれたので、燐は笑顔を崩さないまま雪男の話にうなずいた。
 車は大通りをぬけ、高速に入った。都心から少し離れた場所にある店を燐が選んだのは少しでも雪男と長く一緒にいられるようにと思ったからだった。
(少しでも長く、少しでも遠くへ)
 燐の思いをのせて、雪男の車はどこまでも走っていく。それが永遠に続くことを願いながら、燐はゆっくりと瞼を閉じた。

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プロフィール

HN:
如月 ちょこ
性別:
女性
自己紹介:
■ 青の祓魔師二次創作
 テキストサイト。腐向け。
■ 雪燐中心です。
   藤メフィもあります。
■ 書店委託開始しました。
   詳細はofflineで。

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■ twitter:choko_ao
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